迷子 どこの子?  〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




期末考査の最終日。
直前のマラソン大会の道中、久蔵殿が拾ってしまった仔猫への、
情報が何か寄せられてはおりませんかと。
旧校舎にあたる聖堂寄りの棟の一角、
教員として授業も担当なさっておいでのシスターたちの、
詰め所でもある教務室まで。
窓口になって下さったシスター・ガルシアを訪ねて、
足を運んだ三人娘だったのだが。

 「シスターっ!」

その教務室から どこかへと、
慌ただしくも飛び出してった人影があり。
しかもその後には、修道尼服姿のシスターが倒れておいでと来て。
これは大変と驚いたのも刹那のこと、

 「シスター、大丈夫ですか?」

何があって倒れたのかがはっきりしないので、
やたら揺すぶってはいけないが。
声掛けだけで意識が戻ればそれこそ幸い、
ついでに周囲の人への呼びかけもかねてのこと、
大きな声で呼びかけるのが応急処置の第一歩。
すると、どこか痛むところがあるものか、
少しほど身を縮めつつも何とか目を開けて下さった。

 「よかった。」
 「どこか痛みますか? シスター・アンジェラ。」

ほうと胸を撫で下ろした平八の傍ら、
久蔵だけはまんまと逃がしたのが口惜しいか、
すっくと立ち上がると窓辺へ寄ったが。
そんな彼女の目に入ったのが、

 「……。」

不審者が出てったポーチの片隅に落ちていた、
丈夫そうな厚口の紙の切れ端であり。
拾い上げたその所作に重なり、廊下側のドアから誰かが入って来た気配。

 「あなたたち、どうしましたか?」

そちら様もやはり、墨染めの修道尼服をまとったシスターで、
彼女こそ、

 「シスター・ガルシア。」
 「大変なんです、シスター・アンジェラが…。」

どうやら腹部が痛むのか、
身を起こすとまずはと手のひらをお腹へ当てた彼女のほうは、
総本院からこの女学園づきの聖堂に派遣されておいでの、
最年少のシスター様で。
気遣う女生徒たちへ“大丈夫デス”と片言の気配も濃い口調で応じつつ、
戻って来た先輩格のシスターの姿を見やると、
はぁと彼女もまた深い吐息をついて見せた。

 「一体、何があったのですか?」

落ち着いて見回せば、
部屋中の書架や収納用の戸棚の引き出しが、
あちこち開いての荒らされていたし。
この時期、空気交換以外ではそうそう開けなかろう窓も、
二か所ほどが大きく開いている。
傍らへ寄り、床に膝をついて視線を合わせ、
後輩のシスターへ声をかけたガルシア先生へ。

 「ワタシにも、何ガなにヤラ…。」

動揺もあってのことだろう、
抑揚が落ち着かない口調になったシスター・アンジェラ。
それでも懐ろへ抱えるようにしていた紐綴りの日誌を見下ろすと、

 「宿舎の備品を調べていて、けいことうの買い置きがなかったのです。
  それで、買い物へ出掛ける届けを出そうと此処へ来たら…。」

ドア越しに人の気配があったので、
シスター・ガルシアか他の方か、おいでかと思ってのこと、
失礼しますと入ったところが、

 「灰色お着た男のヒトがいて。
  私を見て驚くと、怖い顔になて向かって来たのデス。」

情景を思い出したか、ご自分の二の腕を自分で掴みしめ、
ふるるっと肩を震わせるシスターであり、

 「まさか、その男に殴ら…叩かれたのですか?」

目撃されたことへ焦った侵入者。
すぐに逃げりゃあいいものを、逆上し、腕を上げる場合もあろうかと、
そこは…嬉しい話じゃあないが、
恐慌状態にある人間の突飛な行動というのには、
戦乱の世だった“前世”で見聞きしてもいる身なもんだから、
多少は覚えがあるこちらのお三方。
お気の毒にという表情でさりげなく訊いたところが、

  「イエ。最初はナニか訊いてキました。」

   ―― おや?

怖かったのか、応じた声は細かったけれど。
それでもシスターははっきりと、

 「何とかはどこだ、どこへヤタか、と。
  知らないと言うと、張り紙見た、知らぬはおかしいと」

言え言えと肩を揺すぶられていたその揉み合いの最中、
外から誰かがドアをノックしたのへ、今度こそ慌てたらしいその男は、

 「思い切りお腹を叩いて来たので…。」

そこから先は判らないというシスターだったが、
それだけ聞けばまま十分かと、後から駆けつけた組の面々も顔を見合わせる。

 「そっか。アタシたちが来た気配に焦ったんだ。」
 「じゃあ、入れ違いで出てった人影がやっぱり?」

その美しさにも激しい印象、苛烈さを伴うとされてか、
紅バラさんという、愛称を授かっている久蔵が、
そんなご期待に添うてか、
果敢にも追いかけようとしかかった怪しい人影こそ。
何を探してか室内を荒らし、この若々しいシスターに詰め寄り、
見切りついでに女性へ手を上げた卑怯な輩。
七郎次に体当たりで制されたため、追いかけるのは断念したものの、
逃げ去った方を検分しに行った彼女だったのへと、
視線を投げた七郎次の傍ら。

 「シスター・ガルシアは、どこへ行っておられたのですか?」

あれこれと散乱している床の上には、
明らかに答案用紙だろう、
鉛筆での書き込みがなされた用紙が幾枚も散っており。
散らばってたということは、
今日集めたこれをどこかの引き出しへ片づける作業も後回しにして、
どこかへ席を外していたシスターだということとなる。
試験も終わったから、後は終業式までお休みだと、
う〜んと背条を延ばした自分たち同様に、
どこかで大きく深呼吸でもしていたとか?
それはあり得なかろうという含み半分、平八が訊いたところ。
妙齢のシスターはハシバミ色の瞳を瞬かせ、

 「それが、そうそう…あなたたちも呼んだものかと迷ったのですよ。」

居合わせた少女たちを改めて見回すと、

 「先日、マラソンの途中で保護した仔猫、
  あの子の飼い主だという人が、
  正面玄関まで来ていると電話をかけて来たので。」

風も冷たいことだしお待たせするのは忍びないと、
大急ぎで玄関まで向かったのですが。

 「不思議なことには、誰の影もなくて。」

生徒たちは昇降口しか使わないし、
受付の職員さんに訊いても、誰かが来た様子はなかったと言うしで、と。
ゆるゆるとかぶりを振ったシスターの言葉の後を接ぎ、

 「これを。」

窓辺から戻って来た久蔵が差し出したのは、
ポーチの隅に落ちていた紙の端切れ。
光沢のある厚口のそれは、
カレンダーやポスターに使われる、
丈夫なコーティングのなされた上質紙らしく。

 「…あ、それはもしかして。」

原形を留めぬようにと、細かく破り裂かれたものらしかったが、
その裂け目のかすれた一角に、数字とそれから写真の角が。
そこへと気づいたシスター・ガルシアは、
傍らの机の引き出しを開け、
中から一枚のポスターを抜き出した。
A4版ほどの大きさのそれには、愛らしい仔猫の写真とそれから、
迷子を預かっております、
心当たりのある方は女学園までご一報をとの旨と、
シスターの名、電話番号が記されてあり、

 「これの隅ではないでしょうか。」

下辺の角に切れ端の側の直線の残る辺を重ねると、
取り込まれた写真の角の白地や電話番号がぴたりと重なる。
ということは、

 「シスターを玄関まで呼び出しといて、
  その隙に此処で何かを物色していたということでは?」
 「そうなりますよね。」

何が何だかと途方に暮れていた筈が、
気がつけば…約2名ほどが微妙に神妙真摯なお顔になっており。
そんな彼女らの意味深な表情へ、

 「もしかして…くうが目当てか?」

こちら様もまた、何をか見通せているからこそだろう、
少々憤慨を秘めたお顔になって、
お友達二人へ堅いお声を掛けた紅バラさんであり。

 「??」
 「あなたたち?」

学園指定の可愛らしいコートも、
そこまで厳しいお顔になってまとうと、
どこやらの捜査組織の有能な担当官のように見えたほど。
そういえば、夏休みの初めに何やら大変な騒動が起きて、
勇ましくも大暴れをしたお転婆さんが若干名いたとかどうとか、
当時の居詰めだったシスターが話していたなぁ。
でもそれって、ついつい大仰な言い回しをしただけで、
下着泥棒をホウキ持って追い回したって武勇伝なんでしょう?と。
その場に居合わせなかった人たちは、
その程度にしか把握してはいなかったのだけれども……。


  “……まさか、ねぇ?”


  ………………………ねぇ?
(苦笑)






BACK/NEXT


 *何とはなく、
  厄介なおまけつきだったらしい迷子さんだと
  判明しちゃった気配でしょうか。
  さてさて、じゃじゃ馬さんたちはどう出るか。
  頼むから最寄りの警察か、
  それじゃあ頼りないとか言うのなら、
  警視庁のおタヌキ様へ陳情してほしいと思ってる、
  保護者の皆々様なんだろうけれどもね。
(苦笑)


戻る